月光やうつむく祖父と大仏と
回答者 ハオニー
お初にお目にかかりますハオニーです
月しょって、という表現がユーモラスですね
これはこれでひとまず面白いです
月しょって、は「本当に月を背負っているのか」と本気にするひねた性格の方もいるでしょうね
そのあとすぐに手元へ行ってしまうから、私のように「月を背負う」という比喩に突っ込む人がいるのです
仏が「大仏」と「なくなった方」を掛けているのはすぐに分かりました
ここで敢えて「亡き祖父」と書いてみます
亡き祖父と月を背負いし仏かな
亡き祖父と月とを背負う大仏ぞ
これで「大仏」と「亡き祖父」とを重ね合わせようとしている感じは出ます
月しょってが重要ではない場合は作戦変更です
月ではなく月見酒という季語を使い
大仏も月見酒せん亡き祖父と
敢えて倒置法で「亡き祖父と」を後ろに置きます
これで「じいちゃん、大仏様と月見酒しているのかな? それなら寂しくないよね?」というニュアンスは入りそうです
さらにもう一段階
月光で行きましょう
月光や酔うたる祖父と大仏と
月光やうつむく祖父と大仏と
これであの日の祖父が大仏のようだ、という意味が入ったような感じがします
いろいろやってみましたが、この中にピンとくるものはありましたか?
現時点で一番「これだ」と思っているものを手直しとして載せておきます
まだまだ私は考えますよっ!(
点数: 2
添削のお礼として、ハオニーさんの俳句の感想を書いてください >>
大仏さんが月明かりを背後から浴びて軽く俯き膝に手を置く姿が、秋の夜長に1人月明かりを浴びながら晩酌しぼんやり手元を眺めていた祖父の姿に似ているなと感じました。
祖父は数年前に亡くなっておりますので、祖父の思い出を思い出しほんの少しの寂しさを一緒に読み込みたかったのですが上手くまとまらず、、、