「栗飯や粒を数えて競う癖」の批評
回答者 なお
こんにちは。小西晴菜様、いつもお世話になってます。
御句、栗ご飯は、栗の存在感が大きいので、やはり数が気になりますよね。この秋、我が家も栗ご飯も炊きましたが、有難いことに松茸をいただきましたので松茸ご飯も作りました。しかし松茸は小さく切り過ぎて、どこにいるかわかりませんでした(笑)。
さて御句、もはや先のお二人から出ており、繰り返しのようになりますがお聞きください。
初読で、おっしゃることはわかりながらも、これは小さい頃の思い出の句か、今でもそうするクセが残っているという句か、わかりにくい気がしました。両方ともおっしゃりたいと思うのですが、それは短歌だとできると思いますが俳句では難しいのでは?
そこで提案句は、二つに分けました。
子供の頃のこと
・栗ご飯栗を数へて比べ合ひ
・栗の数比べし頃や栗ご飯
今も残る癖
・栗ご飯味よりやはり栗の数
・栗ご飯栗を数へる癖抜けず
栗ご飯また食べたくなってきました。
点数: 1
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子どものころ、栗ご飯がとても楽しみでした。
きょうだい三人で、特に意味はないのですが「栗、いくつ入ってた?」「私の方が多い、ラッキー」とか「お姉ちゃんの方が多い、ずるーい」とか言い合っていました。
そのせいか、今でも何となく、食べながら「今、3つだったな」などと思います。