「鳥雲に尾を愛おしむ頭あり」の批評
富井さん、こんにちは。
御句拝読しました。厳しくしてくださいとのことで、そのようにコメントさせていただきます。
このままでは、正直、なんのことかわかりません。ここは道場ですので自身の句にコメントをつけられますが、基本的には五七五だけで伝えたい意図が伝わるように努めることになります。
その点、中七以降の「尾を愛おしむ頭あり」これがわかりません。わからない理由は、これだけでは、尾や頭が何を示しているのかわからないのに加えて、なぜそれが愛おしいのかが不明だからです。
上五に季語
で「鳥雲に」と掲げていらっしゃるので、余計に、鳥の尾羽?鳥の頭がどうしたの?可愛い鳥?とか思ってしまうのでは。
このままでは「尾」が最後尾、「頭」が先頭とかリーダーの意味だとはわからないと思います。
また、先の方のご指摘にもありますが、「愛おしむ」は作者が愛おしむのであればまだしも、先頭の鳥が最後尾の鳥を愛おしむということですね。
俳句
は景色を描写することはあっても、対象となる人や動物等の心情まで推測描写することはまずありません。なぜならそれは、他人にはわからないからです。
ただ単に、現実の光景を詠んで、読み手に、「ああ、それは、最後尾を愛おしく思っているからだな」と想像させる。その方がいいと思います。
・鳥雲に入る先頭を代はりつつ
富井さんのおっしゃるのはこういうことではないかと置かせていただきます。よろしくお願いします。