「牛刀で身を裂き続け秋夕暮」の批評
回答者 かぬまっこ
今日は👋😃
お目覚めですか❔小学校の教員だった、かぬまっこです。
丼上様は小学校の教員になるのが夢だったのですか❔
子供は可愛いです。でも、雑用(校務分掌等)が多く子供と向き合ってだけいられないのが現実です。巷ではブラックと言われているとか…。
人間関係もストレスありますよ。(同僚と、保護者と、子供と)
なので、精神的にも肉体的にも強くないと大変です。
🔷牛刀で我が身も裂くや虎落笛
虎落笛(もがりぶえ)の季語で悲愴な感じですが、どうでしょうか❔
点数: 2
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こんばんは。
「祖母」のことばかり思い出していたら、
泣きながら、眼が覚めてしまった、
おくらです💦
夏井先生の著書に「俳句をつくると脳が活性化して鬱が治る」「昔の記憶が鮮やかに掘り起こされる」場合があると書いてあり、正にその通りだな、と、最近、しみじみ思いました。〈躁〉にまでなってしまったのは、想定外でしたが、私に俳句を紹介してくれた友人には、心から感謝しています。
拙句は、小学校の教員になり損ねて、生きる目標を見失ってしまった、フリーター時代の私を詠んだものです。
大学院で臨床心理学を学んでから、それぞれにとっての〈当り前〉が異なる30人の児童を同時進行的に教えていかなければならない小学校の教育現場と、一人一人の気持ちに寄り添いたい理想の教員像の狭間で、身を裂かれ、自分は教員にはなれないと絶望した私は、途方にくれてしまいました。
当時の僕は、予定外の留年で経済的にきつくなり、一人暮らしをしていた家を諦める形で、最愛の祖母の家に仮住まいをさせていただくことになりました。上手くいかない日々に、八つ当たりしてしまうこともあった私を、いつも祖母は優しく受け止めてくれて、何度救われたことか、わかりません。
生きる目標を失ったとはいえ、祖母を悲しませる訳にはいかない。生きるためにはお金が必要です。当時、好きだった女の子の紹介で、僕は、とある有名なスーパーマーケットの精肉部に、長時間バイトとして、雇っていただくことになりました。
本当はギフトの受け付けカウンターを紹介していただいたはずだったんですが、男、かつ、なんでもやります、という意思表示が、精肉部への配属につながったのです。
結果的に、僕は救われたような気がします。
生きてる人間を相手にするのは、ほとほと疲れ果てていた時期だったので、死んで物言わぬ生肉を、牛刀で捌いてはラップで包み、皆様の食卓に届ける、といった仕事内容は、ただただ生きるためだけに日銭を稼ぎ続けていた僕の生き様に、ぴったりの仕事であった、と、今になって思います。
死んだ魚のような眼をしながら、仕事をしていた当時の僕でしたが、やはり、仲間には恵まれていたんだと思いますね。悩みを打ち明けられるような上司や同僚もでき、僕がフリーターに堕しても、遊びに誘ってくれる将棋の宿敵や今の吾妹子(当時はまだ付き合っていませんでした)が、僕のか細い〈人生〉をつなぎとめてくれていました。
〈祖母の死〉で一念発起、正社員になるまでの僕は、本当にこのままでいいのだろうか、と、生肉と一緒に、自分の身まで切り裂かれるような思いに毎日、悩み苦しんでいました。先端恐怖症、かつ、痛いのは嫌いなんで、物理的なリストカットの類はしなかったものの、パチンコや煙草に明け暮れ、精神的な自傷行為には、多々走っておりました。
それでも、祖母や大切な友人たちがいたからこそ、犯罪行為には身を染めず、ここまでやってこれたんだ、と思います。本当に、感謝しています。
こうして、俳句を通して、自分の人生を振り返ってみると、今まで〈糞みたいな現実〉に塗りつぶされていたと思っていた私の過去に、大切な宝石がゴロゴロ眠っていたことがわかって、驚きと喜びに満ち溢れています。
辛かった過去も沢山ありましたが、その過去こそが、私の〈言の刃〉を鍛え、俳句との出会いに繋がったと思うと、皮肉な運命を感じざるを得ません。
精肉部だけに。
上手く落ちたところで、私ももう一度眠りに落ちたいと思う、午前四時。
毎回、長文の自分語りでお目汚し、本当に申し訳ございません。
ただ、模倣や写実を基本とする西洋文学に対し、語り手が語りすぎてしまうのが日本文学の本質だと、この間の生前告別式で恩師がおっしゃっておりました💦
読みたい人だけ、読んでください。
読みたくない人は、そっとブロックしてください。
それでは、二度寝します。
おやすみなさい。