「春光の焦る心は蕾かな」の批評
回答者 イサク
我天才也さま、はじめまして。大胆な俳号ですね
3句一気出し!精力的ですね。
自称天才さまにコメントするのは恐れ多いのですが、「厳しくしてください」ということなので、それなりに。
◆春光の焦る心は蕾かな
①全体的に「漠然と比喩(例え)で表現する」という癖があるように感じます。
まず俳句に限りませんが、日本語は大抵「比喩だけではわからない」です。
「受験生」を想像させたいなら「受験生」と書かなければ伝わりません。比喩(例え)だけでわからせるのは「連想ゲーム」ですかねえ・・?
「かけことば」も、川柳や狂歌・平安の和歌はともかく、短歌や俳句では効果が薄いことが多いですし、難しいです。
②上のように「受験生」と「蕾」をかけてしまったのがそもそもあまり良くないのですが、「焦る心は蕾かな」の意味がとりにくいです。
人間がいて「蕾」という比喩をしているのか?
それとも目の前に存在する「蕾」を擬人化(人間として見る比喩の一種)しているのか?
迷ってしまいました。
実際は「かけことば」両方なので、中途半端に成功はしているのですが。
③「春光」は「春の光景・風景」の季語で、「春の日差し」として使うのは本来誤用です。
「春の日差し」と誤用で使ってネットに投稿し、俳句の先生のチェックが入らずネットに存在し続け、それを見た誰かが「春の日差し」と思い込む、という悪循環が続いているため、最近は俳人の先生でもわざわざ初学者に指摘する人が減ってきたように思いますが、一応
④「蕾」の花の種類がわからないため、想像がやや難しい。かといって花の種類を特定すると季重なりっぽくなってしまう。「春光」とあるので桜の蕾などを想像していいのかな?と読者が気を使ってしまう感じがあります
かけことばをあきらめて、季語を「受験生」に変えるだけで、それなりの「比喩の句」にはなるのですが
・受験子の焦る心や蕾めく
点数: 1
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この俳句は蕾と、受験生になる人たち、をかけました。
普通は春光を浴びると、人は安心感などのプラスの気持ちが生まれますが、蕾や受験生になる人たちは、焦りだす、という面白い俳句にしました。