「林道の茶屋ほの淡き桜餅」の批評
回答者 みつかづ
ご無沙汰しております。貴句、拝読しました。
語の意味は既に、なおさんが解説してくださっておられますので、
私は句の方向性のお話をいたします。
桜餅は映像を持っている季語です。林道の茶屋も映像、つまり視覚情報ですよね。
ですのでこれ以上は映像(視覚情報)の描写に行くよりも、
「召し上がられた桜餅の硬さ、味」等の、別の五感に働き掛ける描写なさる方が、
句として得ではありませんでしょうか。
例えば以下の様に
・林道の茶屋ほの硬き桜餅
・林道の茶屋ほの柔き桜餅
・林道の茶屋ほろ苦き桜餅
・林道の茶屋ほろ甘き桜餅
この様にお詠みになられますと、晩春の林道の茶屋という佇まい、
美味しそうな桜餅(視覚情報)、涼しさ(肌感=触覚情報)に
味覚情報(噛んで硬い、噛んで柔らかいとの動作が入る。または味覚情報)が
足されて、より句として味わい深くなるのではないか、「桜餅」は視覚的美しさを
内包する季語ですので視覚を描き過ぎず、他の五感に詩情を委ねる事で
より詩的余白が生まれるのではないと、私は考えた次第です。
以上、ご参考までに。
ご覧いただきありがとうございました。
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またまた、季節外れの句ですみません。
ほの淡きの是非をお聞かせください。
つやつやの桜餅やその他の代案も考えたのですが、なかなかしっくりくるものがなく、映像に出来る言葉を持って来ることができれば幸いです