「小皿でも凛とたたずむさくらんぼ」の批評 回答者 頓 2025年06月25日 高井和正さん、お早うございます!初めまして?、頓と申します!宜しくお願い致します。 早速にて…。 御句、「凛」でお迷いですが、擬人化も必要でしょうが、私は、「凛と佇む」の措辞は必要ない、と思います。作者の感情が入り込んでいるからです! 俳句にとって、大切なことの一つに、極力、己の感情は抑えて読者に託す、余白を残す、ことがあります! 《赤く照る白き小皿のさくらんぼ》 赤と白を対比しました。先者の感情は一切排除しました。 駄句ですが、極端な擬人化や比喩表現は、極力避けるべき、というのが、私目の考えです。 以上、ご参考になれば幸いです。 失礼しましたm(_ _)m。 句の評価: ★★★★★ ★ 点数: 1 いいね!(+1点) 添削のお礼として、頓さんの俳句の感想を書いてください >> この批評を非表示にする この人をブロック
凛とあるなり、凛とありしや、凛といませし、など、いくつか悩んで、結論が出てません……。
小皿にわずかに盛られているだけですが、美しさを携えているさくらんぼを詠みました。