「蕣の起きるころ寝ぬ長休暇」の批評
回答者 卓鐘
初めまして。
是非是非、これを機に俳句楽しんでみてください。なかなか、難しくそれゆえに挑戦しがいのある文芸です。
御句ですが、効果がないのに難しい言葉や古語、言い換えなどしない方が良いです。簡単な言葉で深い世界を詠めた方がかっこいいものです。
朝顔の起きる頃寝る夏休み
まずはこれで十分。季重なりだろうと、長休暇と言い換えたところで日本語として窮屈だしせっかくの学生の情報が落ちてわからなくなります。
次に擬人化ですが、まずもって擬人化は陳腐だと思った方がいいです。擬人化することで、ありありとその状況や詩としての実感が伝わる時には有効ですが、朝顔が朝花開くというのを「起きる」との擬人化ではつまらないですね。
朝顔のひらくころ寝る夏休み
ここまでくると言いたいことが素直にストレートに伝わります。
ただここからが季重なりの難しいところ。
朝顔が開く頃の清々しい時間帯と、その時間まで起きて過ごしている夏休みという、季語を中心とした二つの感慨があり17音の焦点がぶれてしまいます。
かといって、長休暇という強引な言葉を持ってきたところで、わかりにくくなるだけ。
夏休み(長休暇)だから、夜遅くまでいてという理屈(俳句は短いので理屈っぽさを嫌います。)を消して、何をしてたかに具体性を持たせると、例えば、
ゲーム機をしまひて朝顔ひらく頃
とすると季重なりによる焦点のブレが解消されますね。
点数: 4
添削のお礼として、卓鐘さんの俳句の感想を書いてください >>
夏休みに入って早々調子に乗って夜通しゲームをしてしまい、ついには朝顔が開く頃になってしまったのを書きました。
前の俳句よりも季語の存在感と、途切れ途切れにならないように気をつけました。
朝顔の開く頃というのを、寝ぬと対比させて起きると擬人化したのがどう評価されるのかなと思っています。