「せせらぎと若葉靡ける我が心」の批評
回答者 げばげば
こんにちは。
はじめまして、げばげばと申します。
御句拝見しました。
初見、残念ながら光景が浮かびませんでした。
わが心の中の風景?または、私の心はせせらぎの音やなびく若葉のよう、という比喩?というところまで来ました。
そうなると、若葉が比喩では、実際目の前に若葉がないので、季語としては弱くなってしまいます。
むしろ、目の前に若葉を見ている自分にするほうがいいでしょうね。
夏の風靡く葉のごと我が心
と、勝手に風を吹かせてみましたが、
やはり、心の中をたとえる必要はないですね。
今見ている目の前の光景を描写するだけで、読者は
「作者ってこういう光景に視点を合わせたんだからこういう感情なのではないか?」って想像してくれるんです。そして、その想像を読者は楽しみ、作者はその想像がうまく読者に届く描写だけをするんです。こんな心の中です!って書かずに。
そのためには、季語が持っている力(季語を見て、読者がどのような心情を抱くのか、季語が持つ印象、季語に託された雰囲気)などを調べてみるのもいいと思います。季語に気持ちを託すというのも、私も今勉強している最中です!
奥深いですが、一度ためしてみてください。
点数: 1
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