「熱くなるタオルを替える夏の果」の批評
回答者 なお
添削した俳句: 熱くなるタオルを替える夏の果
かこさん、こんにちは。
再訪です。
お久しぶりです!
私のところにも来てください(笑)。ヒッチさんのところだけでなく。
お待ちしています!
点数: 1
回答者 なお
添削した俳句: 熱くなるタオルを替える夏の果
かこさん、こんにちは。
再訪です。
お久しぶりです!
私のところにも来てください(笑)。ヒッチさんのところだけでなく。
お待ちしています!
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回答者 なお
添削した俳句: 今晩は新玉ねぎ火入れゆるく
万年雑草さん、こんにちは。
御句拝読しました。
ちょっと気になりましたのは上五の「今晩は」何か挨拶されているみたいです。俳句は基本的に何も言わなければ今のことですから、特に今晩とか言わなくてもよろしいかと思いました。
あと、全体にリズムが良くないです。それは、五七五ではなく五六六になっているからだと思います。
上五は六音でもいいですが、中七はできるだけ七音、そして下五は五音(ただ流れに問題がなければ六音でも可)。
それに全体に、俳句と言うより、「これからの行動予定」という感じで、詩情が感じにくいです。
・新玉葱ゆるく火を入れ晩飯に
これも今一つではありますが、置かせていただきます。よろしくお願いします。
点数: 1
回答者 なお
添削した俳句: 冷奴父ひとり箸進みけり
博充さん、こんにちは。
御句拝読しました。
小沼天道さんが、「他の家族は冷奴では箸が進まないのかと思った」とおっしゃっていますね。これ、失礼ですが、最初は何をおっしゃっているのかわかりませんでした。しかしよく読むと、なるほど!
私は最初はお父さん一人だけがポツンと食事をしていると思ったのですが、大勢で賑やかに食事をしているかもしれませんね。その中で、冷奴をせっせと食べているのはお父さんだけ、他の人はまだ食べていないとか。うーむ、なるほど。
そう読める理由は、食べている、という表現ではなく、「箸進みけり」という措辞をお使いだからだと思います。ご存知のように、箸が進むというのは、「好物だから先に/早く食べる」的な意味があるからだと思います。
ですからこれを、
・父ひとり冷奴食む背中かな
・冷奴親父一人の夕餉かな
こんな風ですと、博充さんの思いのように読めるのではと思います。よろしくお願いします。
点数: 1
回答者 なお
添削した俳句: 猫動くそれだけのこと夏の夕
万年雑草さん、こんにちは。
御句拝読しました。
お詠みになりたかったのは、いつも同じところにいる猫、すなわち動かないということではないでしょうか?
しかし御句では、「猫動く、それだけのこと」とおっしゃっています。生きている猫が動くのであれば、それは極めて自然で当たり前のことだと思います。それを、「それだけのこと」と言われたら、話はそれで終わってしまうと思います。
もう一点、どのようなことにせよ、作者自ら「それだけのこと」と言ってしまうと、あまり想像が膨らまないような気がします。
例えば、「それだけではない」とか言われたら、「えっ?他にはなんだろう?」と思えますけど。
・猫動く本日二度目夏の夕
・動かざる猫の移動や夏の夕
一句目は三段切れですが置かせていただきます。よろしくお願いします。
点数: 1
回答者 なお
添削した俳句: 駅に来て減税謳ふ柳かな
川野のりこさん、こんにちは。
御句拝読しました。工夫したところはないのですか?そうですか。
御句、柳が駅に来て減税を謳っているように読めますが、擬人化ですか?
私は、柳は取り合わせにした方がいいのではと思いました。季節に合わせて、夏柳にしてもいいでしょうか。
・駅前に叫ぶ減税夏柳
一方、季語は春の柳のままで、最後を「かな」で締めるのであれば、中七以降に切れを入れたくないので、
・減税の演説を聴く柳かな
演説を聞いてゆらゆら揺れているような柳を詠んだ句です。
よろしくお願いします。
点数: 1
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