「壇ノ浦に千年の飢ゑ春の月」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: 壇ノ浦に千年の飢ゑ春の月
こんばんは。
吟行の旅のようで少しうらやましい気もします。
リアルの日常がありますので真似はできませんが・・・
御句、雰囲気はいいのですが「飢ゑ」がとらえきれません。
壇ノ浦と言えば源平合戦?ですと850年弱ぐらい。これを「千年」と言っているのでしょうか?
だれか解説できますか?
点数: 0
回答者 イサク
添削した俳句: 壇ノ浦に千年の飢ゑ春の月
こんばんは。
吟行の旅のようで少しうらやましい気もします。
リアルの日常がありますので真似はできませんが・・・
御句、雰囲気はいいのですが「飢ゑ」がとらえきれません。
壇ノ浦と言えば源平合戦?ですと850年弱ぐらい。これを「千年」と言っているのでしょうか?
だれか解説できますか?
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回答者 イサク
添削した俳句: 甘声を出してはちゅーる猫の恋
こんにちは。
このサイトで何度か猫の餌トークは出ているので初見で理解しましたが「ちゅーる」は通じるのかな?・・・と検索をかけたら、この商品しか検索結果に出てきませんでした。
なので他の知らない言葉のように「調べれば大丈夫」ですね(笑)
「甘声を出しては~」が季語「猫の恋」に含まれていそうなものの、「甘声」「ちゅーる」の対比構造なので、この句意で外すのは厳しいですね・・・
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回答者 イサク
添削した俳句: 一夜明け忽ち白き辛夷かな
こんにちは。精力的に作句していらっしゃいますね。
上五「一夜明け」の説明感をなんとかすれば、悪くないと思います。
この上五を変えた方がいい理由が、すぐにいくつか思いつきまして、
◆「一夜が明ける」という長い時間の経過を表しているのに、「忽ち」と短い時間をすぐあとで言っていて、「どっちやねん?!」となること。
少なくとも「一夜のうちに」か「忽ち」は、どちらかです。
◆「一夜」という長い時間を説明していること。
◆「一夜明けたから」という理由を表す言葉に受け取られそうなこと。
『忽ち白き辛夷』の部分は悪くないと思いましたので、ここを生かしつつ・・・
コメントの「気づいたら咲いていた」の方が重要ですね。
・忽ちに白き辛夷の花となり
もし「一夜のうちに咲いた」を生かすなら、「明け」とは言わずに短時間にして・・・説明感を減らして・・・音数調整で「白き」が消えました。
・忽ちに辛夷の開く一夜かな
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回答者 イサク
添削した俳句: 一夜明け忽ち白き辛夷かな
こんばんは。
作句のモチベーションはひとそれぞれですが・・・
俳句はよくスポーツに例えられます。
「たくさん作る」=「素振り」みたいなもので、練習としてはとても大事です。
上手くなりたいならば、それと並行して「正しい(俳句の)形を身につける」ことも大切です。そのために人の意見を聞いたり、優れた句を学んだり。
それよりも何よりも「楽しく続ける」ことが一番かと思います。継続は力。
やはりスポーツと似ていますね。
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