俳句添削道場(投句と批評)

イサクさんの添削投稿の古い順の1408ページ目

「吐息漏れ愛慕す花の香金木犀」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 吐息漏れ愛慕す花の香金木犀

こんばんは。俳句の世界へようこそ。

ちょっと評価するには厳しい出来ですねぇ・・
背伸びした単語が並んでいる感じを受けます。
私のコメントはやや厳しめ(とても厳しめかも)です。
他意はありません。ご容赦ください。

◆途中途中のリズムがぶちぶち切れていて、リズム感がありません。
「吐息漏れ/愛慕す/花の香/金木犀」
で、ぶちぶち切れて見えるのは、意味もぶちぶち切れているからです。以下に説明します。

◆「吐息漏れ」作者の吐息が漏れていると言いたいのだと思います。が、自分で息を吐いているのに『自分の吐息が漏れる』という言い方で報告するケースはあまりないですね。
 「ため息が漏れる」、もしくはコメントに在る「息をつく」でしょうか。
◆「愛慕す」何を愛慕したか不明です。この「愛慕す」は終止形で、ここでぶちっと意味が切れています。直前の「吐息漏れ」とも別々の動作です。
 直後に「花の香」とあるので、花の香を愛慕したと言いたいのかもしれません。ですが「愛慕」には「慕う」という意味を含むので、香りを人とみなして慕う、という不思議な擬人化が入ります。
◆「花の香」この直後で「金木犀」が出てきます。その説明なのだと思いますが、「金木犀」と言うだけで「花」であることはわかりますし、やりようによっては「香」もわざわざ言わなくても伝わるかもしれません。

◆背伸びして使い慣れない言葉を使ったせいで、単語一つ一つが並んでいるだけ、になってしまっている感じです。
 そうではなく、自分の使える範囲の言葉で、伝わるように言う、というのが、まずは大切ではないかと思います。
 俳句だけではなく、どんな文章でもそうです。

だんばこ様本来の言葉であるコメントから多少言葉をお借りして、近い意味の句を組み立ててみます。

・息つけば金木犀の香の満ちて
・金木犀流れ込んでくるような夜

こんな感じです。
私は厳しめのコメントが多いので、他の方のコメントを待ちたいですね

点数: 1

「山麓の絶えて久しや赤とんぼ」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 山麓の絶えて久しや赤とんぼ

おはようございます。

御句
◆赤とんぼが目の前にいない
 ⇒この句は、赤とんぼの季節でなくても成立する
 ⇒季語として弱い

 となりますね。
 「目の前にない季語」は「作者の頭の中にしかない」ということになりがちなので、難しいです。
 目の前にない季語を詠みつつ季語を生かす、というのは相当難易度が高いです。

◆「赤とんぼを見なくなった」
 という感慨を詠むとして
 「冬(晩秋)になったから(寒くなって)赤とんぼがいなくなった」のか
 「昔いた赤とんぼを近年は見なくなった」のか
 どちらか、明確にした方がよいと思います。
 「受け手に任せる」などではなく。
 受け手に任せるのは「句意」ではなく「想像の余地」の範囲にしたいですね。その上で受け手が句意を膨らませるのはありだと思います。

・赤とんぼ見ぬまま秋の過ぎゆけり (今年は見ていないという句意)

点数: 1

「山麓の絶えて久しや赤とんぼ」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 山麓の絶えて久しや赤とんぼ

おはようございます。

慈雨様との意見交換になってしまいますが、こちらの句の解釈の方向性の話ですので、大変失礼ながらこちらにて。

1~2ヶ月でも「絶えて久しい」と感じる考え方もあると思いますし、実際にそういう表現をされる方を拝見したことがあります。可能性を唱えましたし、現実に私は解釈に迷いましたので、自然な解釈ではなくて申し訳ありません。

私を含めどなたも「季語として機能していない」とは書いていない、ということも補足しておきます。

点数: 1

「羽たたみ恍惚となる秋蝶の貌」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: 羽たたみ恍惚となる秋蝶の貌

こんにちは。

「貌」を入れるというのはこだわりの範囲。なくても句意があまり変わらないなら省略は俳句の基本ですが、敢えて入れる工夫を考えてみます。

その容貌が恍惚に見えた、というのは作者の観察の結果の表現ですので、大丈夫だと思います。他者を恍惚と詠んだ句はしばしばありますね。

音数・リズムについて、他に調整できそうな箇所があるのに下五を字余りさせている、というように見えます。そのために「貌」が余計な単語に見えやすい形だとは思います

・羽たたみ恍惚と秋蝶の貌(句またがり)
・羽たたみ恍惚のかほ秋の蝶
・羽たたみ秋蝶の貌恍惚なり(下五字余りのパターンを変更)

「貌」を入れなければ他の要素を取り入れやすい、ということには間違いないと思います

点数: 1

「ロキソニン噛み砕いてる今朝の秋」の批評

回答者 イサク

添削した俳句: ロキソニン噛み砕いてる今朝の秋

おはようございます。

他の方のコメントへのコメント的な内容になりますので、配慮して言葉を置きますが、
もし気分を害される方がおりましたら申し訳ございません。誰かの意見やコメントを否定するものではありません。(みなさん、添削希望は「俳句」のみだと認識しています)

さて、「ロキソニン」について、3つの話題が発生していると認識しました。
1.商品名の是非
2.俳句が俗っぽいことの是非
3.商品名=俗っぽくなるということか?

1を飛ばして、

2は、他の文学や芸術と同じで「どんな俳句を目指しているか」「先生からどんな教えを受けたか」であると思います。他の文学に例えれば、純文学のような俳句を目指す方は「俳句は格調高く」と学んでいるでしょうし、ラノベのような敷居の低い俳句で詩を出そうと目指す方もいると思います。
どちらが正しい、という話ではないですね。格調も俗も両方取り入れたいと思っている方もいるでしょうし、各自の作句へのスタンス・鑑賞・意見だと思います。それによって他人の句への意見も変わると思います。

という前提では3を考えるのはあまり意味がないのですが、ぶっちゃけ商品・商品名・商品のイメージと、句での扱い方次第かと思います。この句では「ロキソニン」「カロナール」「バファリン」「痛み止め」「頭痛薬」「鎮痛剤」それぞれ句の風景が変わると思いますし、鑑賞・意見はそれぞれだと思います。

戻って1。
商品名を出した俳句はダメか?というと、最近では「ダメな理由はない」とおっしゃる方が多いと思います。過去句にも大量にありますし。
(ただし投句先は多少意識すべきかと思います。たとえばNHKでは商品名を出すことに条件がありますし、伊藤園の俳句に他社の飲み物の名称は選されないでしょうし・・)
個人的には、俗っぽくなるかどうかは商品名よりも、使われ方によるところが大きいと思います。その上で「俗っぽく見える」という意見があるのであれば、それは鑑賞による一意見ですので、受け入れる寛容さは必要であるように思います。

全員に肯定される俳句であればこちら「添削道場」に出す必要はないでしょうし、いろいろな意見があってよいのではないかと思いました。勉強させていただいております。

点数: 4

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