「出勤の六階に杖春暑し」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: 出勤の六階に杖春暑し
はじめまして。よろしくお願いします。
過去の句も拝見させていただきました。
「自分の思ったことを全て伝えよう」という気持ちが強すぎて、説明のことばが多くなってしまっている句が多いように感じました。
この句も、「出勤」のときの「六階まで」「杖で」登っったので「暑い」と、すべて入れてしまっているために、俳句の「詩」というよりは「自分の考えた説明」が多いように感じます。
俳句というのは説明臭くなると詩が薄れがちです。
説明臭くならないようにするには、この句の場合は、以下の二点を考えます。
◆詩を出すために、省略できるところを省略する
少なくとも御句の状態では「出勤の」は状況説明でしかないので、削った方がいいと考えますが、他の箇所を削ることで「出勤」を生かすこともできます。
とにかく主役(言いたいこと)が多すぎて、詰め込み過ぎなので・・
◆季語とその他の部分の理屈(因果関係)を失くす
「階段を上ったから⇒暑い」という理由をわざわざ説明する理屈っぽさは、説明・報告になってしまって、詩を損ないがちです。
この句の場合は「歩いて上った」ということがわかれば「暑い」「疲れた」などは受取る側で想像できる範囲なので、「暑い」という説明を入れない方がよいと感じます。
あとは、「杖」がこの句に必要なのかどうか?「階段」が要るかも?などは検討の余地ありかと思います。できるだけ「報告」を失くして「映像」「描写」を入れていくのが良いと思います。日記俳句(観察ではなく、自分の行動を紹介する俳句)になっているので、難しいところですが。
・春朝や杖を片手に六階まで
・階段を杖つき上がる春の朝
点数: 2
