「パラグライダー足下には大花野」の批評
回答者 イサク
添削した俳句: パラグライダー足下には大花野
こんばんは。
「パラグライダー」の名詞止めが説明的になっている点と、「には」が気になりました。
私ならば、ですが、上五字余りでどうでしょう。
・パラグライダーのぼる足下の大花野
・パラグライダーふはり足下の大花野
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: パラグライダー足下には大花野
こんばんは。
「パラグライダー」の名詞止めが説明的になっている点と、「には」が気になりました。
私ならば、ですが、上五字余りでどうでしょう。
・パラグライダーのぼる足下の大花野
・パラグライダーふはり足下の大花野
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: 秋天や掴みどころの無きことば
こんばんは。
「掴みどころのない」という慣用句の句です。
「つかみどころ」といえば「ない」ものですので(「つかみどころがある」とは言わないので・・・)、この言い回しは音数でも説明感でも損している気がします。
・言葉とは掴めぬものよ秋の空
こんな風ではいかがでしょう?
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: まつすぐな実家の帰路や秋の空
こんばんは。
歴史的仮名遣いは海郷様にお任せするとして(他の方にのっかります)
◆「実家の帰路」が気になりました。実家へ帰るのか、実家から本来の住居へ帰るのか、わかりません。どちらへ帰るのか、そこがわからないと「帰」の文字が生きてこないと思います。
海郷様やなおじい様の提案句で、方向を示す助詞「へ」をさらっと加えているのは、そういうことだと思いました。
・秋天や実家への道まつすぐと
・実家よりまつすぐ出でて秋の空
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: 曼珠沙華風を集むる花弁かな
こんばんは。
中七下五が説明っぽくなっているのは先にこま爺様から出ています。
上五季語「曼珠沙華」とあれば、下五「花弁」は情報が重なっています。重なる情報は説明っぽくなりやすいので、外した方がいいかと思います。
この句の「曼珠沙華」を修飾するのは「風を集める」という比喩的な動作(?)なので、上五季語ならばその動作を詠嘆すべきかと思いました。
・曼珠沙華風を集めてゐたりけり
どうしても「花弁」を入れたいのであれば、「曼珠沙華」と離さない方がまだマシかと思います。それでも重複情報感を消すのは難しそうですけれど。
・曼珠沙華花弁に風を集めをり
点数: 2
回答者 イサク
添削した俳句: 運動会砂場に遊ぶ子と遊ぶ
こんにちは。
この句は、親の目線で、運動会に出番のない自分の子(小学校の運動会に連れて行った下の子とか)と遊んでいる句かと思って、面白い目線だと思ったのですが・・・コメントを見ると違うような?
「子」が児童の目線での同級生だとしたら「子」と描写するのは危ういと思いますが、自分の同級生とその親を描写して上のような句意だとしたら、なかなかに優秀で捻くれた子の目線で、それはそれで面白い、という受け取り方もできます。
・運動会砂場に遊ぶ子を妬む
点数: 2
最新の投稿順に並んでいます。回答が付いた投稿が先頭に移動します。