「吾子の足もつれてぺたん秋の晴れ」の批評
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 吾子の足もつれてぺたん秋の晴れ
晴峯さん、こんにちは。
御句読ませて頂きました。
可愛らしい一句ですね。もつれて「ぺたん」となるあの感じ、分かる〜。
久しく赤ん坊の相手をする事はありませんでしたが、ちょっとだけ親バカっぽい晴峯さんの句に心洗われるようです。
点数: 3
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 吾子の足もつれてぺたん秋の晴れ
晴峯さん、こんにちは。
御句読ませて頂きました。
可愛らしい一句ですね。もつれて「ぺたん」となるあの感じ、分かる〜。
久しく赤ん坊の相手をする事はありませんでしたが、ちょっとだけ親バカっぽい晴峯さんの句に心洗われるようです。
点数: 3
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 州兵の仰ぐ無月や投票日
石垣さん、こんにちは。
御句読ませて頂きました。
これはかなり良いと思います。
「州兵」これだけでアメリカに関する出来事なのだと読者に印象付けさせます。この州兵という語句の経済効率は半端ないですね。
そして下五の「投票日」も臨場感溢れる一語です。
投票日、まさにアメリカの未来が決まるといっても過言では無い一日。その日の終わりに、無月を仰ぐ州兵…いったいこの兵はどんな思いで無月を仰いでいるのか…
読者へ想像させる余白の作り方も上手いですねー。
点数: 3
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 見返りて名残る札幌雪まつり
イサクさん、こんにちは。
御句読ませて頂きました。
「名残る」は読み手の主観が強く出過ぎているように思います。
「札幌雪まつり」を「見返る」人、それだけで雪まつりへの名残惜しさは十分に読み手へ伝わるのではないでしょうか。
代わりにどんな雪まつりだったかを描写すると、名残惜しさがより伝わるかと思います。
「見返れば札幌雪まつり明かし」
としてみました。
点数: 3
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 春の雪溶けてなくなりまた積もる
村松平良さん、こんにちは。
あなたの俳句を読ませていただきました。
春の雪が溶けてなくなり、またふっては積もっていく…家の庭で見えた様子を、すなおな言葉で書けていると思います。
小学生三年生のあなたの俳句を読んで、三年生のころの僕はどんな子だったかなあ、と考えました。
友達とポケモンのゲームをしたり、コロコロコミックを読んだりと、遊んでばかりの子どもでした。自分で俳句を作ってみようなんて、考えた事もありません。
村松さんは自分で俳句を作るだけじゃなく、それに自分でコメントを書き、インターネットに公開している。これはとてもスゴい事だと思いますよ。
ですが、インターネットを使う時には、気をつけなければいけない事が色々とあります。
インターネットには色んな人がいます。中には村松さんのような子どもに、イジワルなコメントをする大人もいるかもしれません。
ですので、もしこれからもインターネットを使って俳句を作っていくのなら、かならずお家の人と相談して、いっしょにやって下さい。
これはとても大事な事です。なのでゼッタイゼッタイに守ってくださいね。
点数: 3
回答者 秋沙美 洋
添削した俳句: 荒れ畑を打ち続けたり東北忌
時期的にも意味的にも、御句における「東北忌」を3/11の震災とは無関係の言葉だとするのは無理があるでしょう。その上で、「東北忌」という語を用いた句を俳句添削
道場のようなオフィシャルな場に出す事の是非、というのは一考の余地があると思います。
〜〜忌という季語は色々ありますが、そのいずれも故人の生き様を偲んだり(桜桃忌、子規忌)、過去の出来事に想いを馳せる(敗戦忌、原爆忌)といった意味合いをはらみます。
その点、東北大震災は現在進行形で向き合わなければならない問題が山ほど残っている出来事です。原発問題然り風評被害然り。行方不明の家族を今なお探し続ける人の存在もあります。
「東北忌」としてしまうと、震災を過去の出来事として客観的に見つめるような、そんな句になってしまわないか。そこは詠み手の責任として考えるべきだと思います。
イサクさんがこの句をどれほど真剣な想いで詠んだかは僕の知る所ではありませんが、生半可な気持ちで取り扱って良い言葉で無いのは確かかと。
念のため申しておくと、イサクさんの句にケチをつけよう等という意図はありません。句の出来は悪くないと思います。
震災を忘れないためにも、震災を詠む意義は大いにあると考えます。しかしながら、問題を抱える当事者がまだ沢山いる事を詠み手は強く強く意識すべきと思います。
点数: 3
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